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東京地方裁判所 平成9年(ワ)12700号・平8年(ワ)18075号 判決

第一事件原告 大久保悦子

第一事件原告(第二事件被告) 平塚一利

右第一事件原告大久保悦子及び第一事件原告(第二事件被告)平塚一利

訴訟代理人弁護士 若松巌

第一事件被告 医療法人社団 桐和会

右代表者理事長 岡本和久

第一事件被告 株式会社グレート・コーポレーション

右代表者清算人 岡本小夜子

第一事件被告(第二事件原告) 岡本和久

右第一事件被告医療法人社団桐和会、同株式会社グレート・コーポレーション及び第一事件被告(第二事件原告)岡本和久訴訟代理人弁護士 弘中徹

同 三好重臣

右第一事件被告株式会社グレート・コーポレーション及び第一事件被告

(第二事件原告)岡本和久訴訟代理人弁護士 早坂亨

右第一事件被告医療法人社団桐和会、同株式会社グレート・コーポレーション及び第一事件被告(第二事件原告)岡本和久訴訟復代理人弁護士 竹内奈津子

主文

一  第一事件原告大久保悦子及び第一事件原告(第二事件被告)平塚一利の請求をいずれも棄却する。

二  第一事件原告(第二事件被告)平塚一利は、第一事件被告(第二事件原告)岡本和久に対し、金二三七万八四〇〇円及びこれに対する平成一〇年一月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  第一事件被告(第二事件原告)岡本和久のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は、第一事件原告大久保悦子に生じた費用、第一事件被告医療法人社団桐和会に生じた費用の三分の二、第一事件被告株式会社グレート・コーポレーションに生じた費用の三分の二及び第一事件被告(第二事件原告)岡本和久に生じた費用の二分の一を第一事件原告大久保悦子の負担とし、第一事件原告(第二事件被告)平塚一利に生じた費用、第一事件被告医療法人社団桐和会に生じた費用の三分の一、第一事件被告株式会社グレート・コーポレーションに生じた費用の三分の一及び第一事件被告(第二事件原告)岡本和久に生じた費用の二分の一を第一事件原告(第二事件被告)平塚一利の負担とする。

五  この判決は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  第一事件

1  第一事件被告医療法人社団桐和会、第一事件被告株式会社グレート・コーポレーション及び第一事件被告(第二事件原告)岡本和久は、連帯して、第一事件原告大久保悦子に対し、金一六八五万七二一九円及び別紙大久保悦子割増賃金一覧表の月別請求額欄記載の金員に対する同一覧表の期間欄末日の翌日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  第一事件被告医療法人社団桐和会、第一事件被告株式会社グレート・コーポレーション及び第一事件被告(第二事件原告)岡本和久は、連帯して、第一事件原告(第二事件被告)平塚一利に対し、金五七九万一八〇〇円及び別紙平塚一利一覧表の月別請求額欄記載の金員に対する同一覧表の期間欄末日の翌日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  仮執行宣言

二  第二事件

1  第一事件原告(第二事件被告)平塚一利は、第一事件被告(第二事件原告)岡本和久に対し、金二四四万八〇〇〇円及びこれに対する平成一〇年一月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  仮執行宣言

第二事案の概要

一  第一事件は、第一事件被告(第二事件原告)岡本和久(以下「被告岡本」という。)が平成五年三月に開業した篠崎駅前クリニックにおいて事務長として働いていた第一事件原告大久保悦子(以下「原告大久保」という。)が、平成五年四月一日から平成六年一二月三一日までの間にした時間外労働(ただし、深夜労働を含む。)、法定休日労働(ただし、深夜労働を含む。)及び法定外休日労働に対する賃金が未払であるところ、平成六年三月三一日までの原告大久保の雇い主は篠崎駅前クリニックこと被告岡本であり、同年四月一日以降の原告大久保の雇い主は第一事件被告株式会社グレート・コーポレーション(以下「被告会社」という。)であるが、平成五年一二月二二日に設立された第一事件被告医療法人社団桐和会(以下「被告桐和会」という。)も含めて被告らは実質的には一体となって原告大久保を雇用していたとして、被告らに対し連帯して、時間外労働(ただし、深夜労働を除く。)に対する割増賃金として合計金五五七万一一六二円(別紙大久保悦子割増賃金一覧表の時間外労働時間欄記載の時間数に同表の時間外賃金時間単価欄記載の金額を乗じた金額で、同表の割増賃金額欄の合計欄記載の金額)、深夜時間外労働に対する割増賃金として合計七三〇万四二〇四円(別紙大久保悦子割増賃金一覧表の深夜労働時間欄記載の時間数に同表の深夜賃金時間単価欄記載の金額を乗じた金額で、同表の深夜割増賃金額欄の合計欄記載の金額)、法定休日労働(ただし、深夜労働を除く。)に対する賃金として合計金一七四万一六六八円(別紙大久保悦子割増賃金一覧表の法定休日出勤時間欄記載の時間数に同表の法定休日出勤時間単価欄記載の金額を乗じた金額で、同表の法定休日出勤割増賃金額欄の合計欄記載の金額)、法定休日における深夜時間外労働に対する割増賃金として合計金六三万八九六九円(別紙大久保悦子割増賃金一覧表の法定休日深夜時間欄記載の時間数に同表の法定休日出勤深夜割増単価欄記載の金額を乗じた金額で、同表の法定休日出勤深夜割増賃金額の合計欄記載の金額)及び法定外休日労働に対する割増賃金として合計一六〇万一二一六円(別紙大久保悦子割増賃金一覧表の休日出勤日数欄記載の日数に同表の休日出勤単価欄記載の金額を乗じた金額で、同表の休日出勤金額欄の合計欄記載の金額)並びに別紙大久保悦子割増賃金一覧表の月別請求額欄記載の金額に対する同表の期間欄記載の末日の翌日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求め、また、篠崎駅前クリニックで鍼灸師として働いていた第一事件原告(第二事件被告)平塚一利(以下「原告平塚」という。)が、平成五年一〇月一日から平成七年一月三一日までの間にした自費診療に関する歩合給及び平成五年六月一日から平成七年一月三一日までの間にした針治療に関する歩合給が未払であるところ、平成六年三月三一日までの原告平塚の雇い主は篠崎駅前クリニックこと被告岡本であり、同年四月一日以降の原告平塚の雇い主は被告桐和会であるが、平成五年九月二〇日に設立された被告会社も含めて被告らは実質的には一体となって原告平塚を雇用していたとして、被告らに対し連帯して、自費診療に関する歩合給として合計金三四五万二〇〇〇円(別紙平塚一利一覧表の自費治療・労災・交通事故人数欄記載の人数に同表の自費治療の単価欄記載の金額を乗じた金額で、同表の未払い分の自費治療費欄の合計欄記載の金額)及び針治療に関する歩合給として合計金二三三万九八〇〇円(別紙平塚一利一覧表の針治療の人数欄記載の人数に同表の鍼代単価欄記載の金額を乗じた金額で、同表の未払い分の鍼代欄の合計欄記載の金額)並びに別紙平塚一利一覧表の月別請求額欄記載の金額に対する同表の期間欄記載の末日の翌日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

第二事件は、被告岡本が原告平塚の寮として同原告に無償で貸し渡していた別紙物件目録記載の居室(以下「本件居室」という。)について原告平塚が平成七年三月二五日に被告桐和会の従業員たる地位を喪失した後も本件居室を被告岡本に明け渡さなかったことを理由に、被告岡本が原告平塚に対し、債務不履行による損害賠償請求権に基づいて平成七年三月二六日から原告平塚が本件居室を明け渡した平成一〇年一月二五日までの本件居室の損害金として金二四四万八〇〇〇円の支払を求めるとともに、不法行為に基づく損害賠償請求権に基づいて本件居室の損害金として金二四四万八〇〇〇円及びこれに対する不法行為の日の後であることが明らかな平成一〇年一月二六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

二  前提となる事実

1  被告岡本は平成五年三月に篠崎駅前クリニック(以下「本件クリニック」という。)を開業し、原告大久保は平成五年三月一五日から平成七年三月二八日まで本件クリニックで事務長として働いており、原告平塚は平成五年三月一五日から平成七年三月二五日まで本件クリニックで鍼灸師として働いていた(争いがない。)。

2  原告大久保の雇用条件は、次のとおりである(次の限度では争いがない。)。

(一) 職種 事務長

(二) 就業時間 午前九時から午後七時までの受付患者の診察が終了するまで

(三) 給与 手取金四〇万円

(四) その他の手当 レセプト手当金三万円

3  原告平塚の雇用条件は、次のとおりである(次の限度では争いがない。)。

(一) 職種 鍼灸師

(二) 固定給 就業時間 午前九時から午後七時までの受付患者の診察が終了するまで

(三) 歩合給 理学療法の患者数に応じた歩合給、針治療の材料代(鍼代)に応じた歩合給及び自費治療に関する歩合給

(四) その他の手当 残業代、休日出勤手当は支給しない。

4  被告岡本は平成五年一一月二六日池田謙三(以下「池田」という。)から本件居室を次の約定で賃借りする旨の契約(以下「本件賃貸借契約」という。)を締結し、この契約に基づいて本件居室の引渡しを受けた(乙四二、弁論の全趣旨)。

(一) 期間 平成五年一一月二六日から二年間

(二) 賃料 月額金六万八〇〇〇円

(三) 共益費 月額金四〇〇〇円

(四) 支払日 当月分を前月の末日までに支払う。

5  被告岡本は原告平塚に本件居室を貸し渡す旨の契約(以下「本件居室貸借契約」という。)を締結し、この契約に基づいて平成五年一一月二六日に本件居室を貸し渡した(争いがない。)。

6  原告平塚は平成七年三月二六日以降も本件居室を占有していたが、平成一〇年一月二五日本件居室を明け渡した(争いがない。)。

三  争点

1  原告大久保の未払賃金の有無及びその金額について(第一事件)

(一) 原告大久保の主張

(1)  原告大久保は、平成五年四月一日から平成六年一二月三一日までの間に時間外労働(ただし、深夜労働を含む。)、法定休日労働(ただし、深夜労働を含む。)及び法定外休日労働をしたが、時間外労働時間(ただし、深夜労働時間を除く。)、深夜労働時間、法定休日労働時間(原告が法定休日である日曜日に出勤した場合の労働時間(ただし、深夜労働時間を除く。)、法定休日深夜労働時間(原告が日曜日に出勤して深夜労働をした場合の労働時間)及び休日労働日数(週休二日(平成五年一〇月三一日までは土曜日と日曜日、同年一一月一日以降は木曜日と日曜日)のうち原告大久保が日曜日以外の休日及び国民の祝日に出勤した場合の日数)は、それぞれ別紙大久保悦子割増賃金一覧表の時間外労働時間欄、深夜労働時間欄、法定休日出勤時間欄、法定休日深夜時間欄及び休日出勤日数欄の各記載のとおりであり、その根拠は次のとおりである。

ア 原告大久保の時間外労働時間(ただし、深夜労働時間数を含む。)、法定休日労働時間(ただし、深夜労働時間を含む。)及び法定外休日労働時間は甲一の2ないし44、八の1の1ないし21の2のとおりである。

イ 原告大久保の本件クリニックにおける労働時間は午前九時から午後七時までで、午後一時から午後三時までは休憩時間である。したがって、午後七時から午後一〇時までが時間外労働時間であり、午後一〇時から翌朝の午前五時までが深夜労働時間である。ただし、原告大久保が夕方から出勤して深夜にわたる労働をした場合には午後一〇時までの労働が八時間以内であれば時間外労働時間として計算せず、午後一〇時を超えた場合には午後一〇時以降の労働を深夜労働として計算している。法定休日労働時間は日曜日に出勤して午後一〇時まで労働した場合の時間数であり、法定休日深夜労働時間は日曜日に出勤して午後一〇時以降労働した場合の時間数であり、休日労働日数は原告が日曜日以外の休日又は国民の祝日に出勤した場合の労働日数である。甲一の2ないし44、八の1の1ないし21の2のうち「出」「直行」と書かれているものについては始業時間を午前九時として計算し、「泊まり」「テツヤ」と書かれているものについては深夜就寝していないためすべて労働時間として計算している。

ウ 右イに基づいて甲一の2ないし44、八の1の1ないし21の2に記載された原告大久保の残業時間を計算すると、別紙大久保悦子割増賃金一覧表の時間外労働時間欄、深夜労働時間欄、法定休日出勤時間欄、法定休日深夜時間欄及び休日出勤日数欄の各記載のとおりとなる。

(2)  原告大久保の平成五年四月一日から平成六年一二月三一日までの一時間当たりの時間外賃金、深夜賃金、法定休日出勤賃金、法定休日出勤深夜賃金及び休日出勤賃金は、それぞれ別紙大久保悦子割増賃金一覧表の時間外賃金単価欄、深夜賃金時間単価欄、法定休日出勤時間単価欄、法定休日出勤深夜割増単価欄及び休日出勤単価欄の各記載のとおりであり、その根拠は次のとおりである。

ア 原告大久保の本件クリニックにおける勤務は週休二日であったから、年三六五日、五二週として出勤日は二六一日であり、一日八時間労働として一年間の労働時間は二〇八八時間であるから、一月平均の所定労働時間数は一七四時間である。

イ 原告大久保は平成五年四月一日から同年六月三〇日までは一か月当たり被告岡本から金二〇万円を、原告らに本件クリニックにおける就職を斡旋した田島博山から金二〇万円を、それぞれ支給されていたので、右の期間については被告岡本から支給されていた原告大久保の一時間当たりの賃金は金一一四九円(一円未満切捨て)であり、原告大久保の一時間当たりの時間外賃金及び法定休日出勤賃金はそれぞれ原告大久保の一時間当たりの賃金の一・二五倍である金一四三六円(一円未満切捨て)であり、原告大久保の一時間当たりの深夜賃金及び法定休日出勤深夜賃金はそれぞれ原告大久保の一時間当たりの賃金の一・五倍である金一七二三円であり、原告大久保の一日当たりの休日出勤賃金は金九一九二円(原告大久保の一時間当たりの賃金一一四九円に八時間を乗じた金額)である。

ウ 原告大久保は平成五年七月一日から平成六年三月三一日までは被告岡本から一か月当たり金四五万円を支給されていたので、原告大久保の一時間当たりの賃金は金二五八六円(一円未満切捨て)であり、原告大久保の一時間当たりの時間外賃金及び法定休日出勤賃金はそれぞれ原告大久保の一時間当たりの賃金の一・二五倍である金三二三二円(一円未満切捨て)であり、原告大久保の一時間当たりの深夜賃金及び法定休日出勤深夜賃金はそれぞれ原告大久保の一時間当たりの賃金の一・五倍である金三八七九円であり、原告大久保の一日当たりの休日出勤賃金は金二万〇六八八円(原告大久保の一時間当たりの賃金二五八六円に八時間を乗じた金額)である。

エ 原告大久保は平成六年四月一日から同年八月三一日までは被告会社から一か月当たり金四五万円を支給されていたので、原告大久保の一時間当たりの賃金は金二五八六円(一円未満切捨て)であり、原告大久保の一時間当たりの時間外賃金は原告大久保の一時間当たりの賃金の一・二五倍である金三二三二円(一円未満切捨て)であり、原告大久保の一時間当たりの法定休日出勤賃金は原告大久保の一時間当たりの賃金の一・三五倍である金三四九一円(一円未満切捨て)であり、原告大久保の一時間当たりの深夜賃金は原告大久保の一時間当たりの賃金の一・五倍である金三八七九円であり、原告大久保の一時間当たりの法定休日出勤深夜賃金は原告大久保の一時間当たりの賃金の一・六倍である金四一三七円(一円未満切捨て)であり、原告大久保の一日当たりの休日出勤賃金は金二万〇六八八円(原告大久保の一時間当たりの賃金二五八六円に八時間を乗じた金額)である。

オ 原告大久保は平成六年九月一日から同年一二月三一日までは被告会社から一か月当たり金四六万七〇〇〇円を支給されていたので、原告大久保の一時間当たりの賃金は金二六八三円(一円未満切捨て)であり、原告大久保の一時間当たりの時間外賃金は原告大久保の一時間当たりの賃金の一・二五倍である金三三五三円(一円未満切捨て)であり、原告大久保の一時間当たりの法定休日出勤賃金は原告大久保の一時間当たりの賃金の一・三五倍である金三六二二円(一円未満切捨て)であり、原告大久保の一時間当たりの深夜賃金は原告大久保の一時間当たりの賃金の一・五倍である金四〇二四円(一円未満切捨て)であり、原告大久保の一時間当たりの法定休日出勤深夜賃金は原告大久保の一時間当たりの賃金の一・六倍である金四二九二円(一円未満切捨て)であり、原告大久保の一日当たりの休日出勤賃金は金二万一四六四円(原告大久保の一時間当たりの賃金二六八三円に八時間を乗じた金額)である。

(3)  原告大久保の平成五年四月一日から平成六年一二月三一日までの時間外労働に対する賃金、深夜労働に対する賃金、法定休日労働に対する賃金、法定休日深夜労働に対する賃金及び休日労働に対する賃金は、それぞれ前記の各労働時間又は労働日数にこれに対応する前記の一時間当たり又は一日当たりの金額を乗じた金額であり、それらの金額は別紙大久保悦子割増賃金一覧表の割増賃金額欄、深夜割増賃金額欄、法定休日出勤割増金額欄、法定休日出勤深夜割増金額欄及び休日出勤金額欄の各記載のとおりであり、その合計は金一六八五万七二一九円である。

(二) 被告らの主張

(1)  原告大久保がその主張のとおり平成五年四月一日から平成六年一二月三一日までの間に時間外労働(ただし、深夜労働を含む。)、法定休日労働(ただし、深夜労働を含む。)及び法定外休日労働をしたことは否認する。原告大久保はタイムカードに刻印されているとおり出勤したことを前提としているが、本件クリニックにおいては設置されているタイムカード機にカードを挿入して刻印を打つことになっているところ、原告大久保の提出に係るタイムカードのうち手書き部分は自分で勝手に記入したもので、かつ、その記入部分に勝手に自分の印を押印したものであり、原告の提出に係るタイムカードをもって原告大久保の真実の勤務時間であるということはできない。

(2)  仮に原告大久保が時間外労働をしていたとしても、被告らがその時間外労働等に対する割増賃金等の支払義務を負うことは争う。原告大久保は平成五年七月以降本件クリニックの事務長であり、事務長は労働基準法四一条二項の「管理監督者」に当たり、同法三七条の規定の適用がないので、原告大久保には残業手当及び休日出勤手当を含んだものとして職能給が支給されていた。その額は平成五年八月から平成六年七月までが金一五万円、同年八月から平成七年三月までが金一五万八〇〇〇円であった。なお、原告大久保には基本給として平成五年三月から同年六月まで金二〇万円、同年七月から平成六年七月まで金三〇万円、同年八月から平成七年三月まで金三〇万九〇〇〇円が支給されており、そのほかにレセプト手当として金三万円、土曜日出勤食事手当として一回の出勤ごとに金五〇〇円及び交通費として金一万円が、それぞれ支給されていた。

2  原告平塚の未払賃金の有無及びその金額について(第一事件)

(一) 原告平塚の主張

(1)  原告平塚は平成五年八月ころ被告岡本との間で交通事故や労働災害などで自費診療を受ける患者について患者一人当たり一回の治療について被告岡本が原告平塚に対し金二〇〇〇円を支払う旨の合意が成立した。そして、平成五年一〇月一日から平成七年一月三一日までに本件クリニックにおいて自費診療を受けた患者数は別紙平塚一利一覧表の自費治療・労災・交通事故人数欄記載のとおりであり、これに金二〇〇〇円を乗じた金額が同表の未払い分の自費治療費欄記載の金額であり、その合計は金三四五万二〇〇〇円である。

(2)  原告平塚は平成五年五月ころ被告岡本との間で原告平塚が行う針治療における収益は原告平塚と被告岡本との間で折半することを合意した(以下「本件折半の合意」という。)が、原告平塚は被告岡本が針治療を受ける患者から鍼一本について金一〇〇円の治療代金を受け取っているというので、本件折半の合意に基づいて鍼一本についての治療費金一〇〇円から鍼の仕入値を控除した残金を原告平塚と被告岡本との間で折半していた。ところが、その後被告岡本が針治療を受けるということだけで患者一人について金二〇〇円を患者から徴収していたことが判明したのであるから、本件折半の合意に基づいて右の金二〇〇円についても原告平塚と被告岡本との間で折半すべきである。そして、平成五年六月一日から平成七年一月三一日までに本件クリニックにおいて針治療を受けた患者数は別紙平塚一利一覧表の針治療の人数欄記載のとおりであり、これに金一〇〇円を乗じた金額が同表の未払い分の鍼代欄の金額であり、その合計は金二三三万九八〇〇円である。

(二) 被告らの主張

(1)  自費診療について原告平塚の主張に係る合意が成立したことは否認する。原告平塚には交通事故等の自費診療をした場合に一定の割合で計算した歩合給を支給することとされていたが、本件クリニックの理学部門で雇用されている者の給与の額、各種施設の使用代金・材料代金・医薬品代金等は被告桐和会で負担しており、歩合の割合も変化するところ、その計算方法は極めて複雑かつ煩雑であるので、自費治療に対する歩合給については定額を払うことにし、平成六年四月には金一〇万円を支払い、同年五月から一か月当たり金一五万円を支払うことになった。自費診療の場合に患者から一回の治療で金員を受け取るが、その金額は一定しておらず、金二〇〇〇円を受領する場合もあれば、金一五〇〇円や金一〇〇〇円を受領する場合もあるから、被告岡本が原告平塚との間で自費診療の場合に患者一人当たり一回の治療について金二〇〇〇円を支払う合意をするはずがない。

(2)  針治療について原告平塚の主張に係る合意が成立したことは否認する。原告平塚には、右(1) の歩合給のほかに、<1>理学療法を受けた患者(主としてリハビリ)の数に一定の割合(三四パーセントくらいであったが、そのときどきの鍼灸師、パートの人数によりその割合は異なっていた。)を乗じた商に金三〇〇円を乗じた金額の歩合給を支給すること、<2>鍼を使用する患者から鍼一本につき金一〇〇円を請求し、これから鍼一本の原価約金二〇円くらいを控除した残額に使用した鍼の数を乗じた金額を鍼灸師全員で分配することによる歩合給を支給することとされていたが、このほかに原告平塚と被告岡本との間で針治療について歩合給を支払う合意をしたことはない。本件クリニックでは針治療を受ける患者のうち老人、福祉適用者、片親又は母子家庭の者、難病患者及びその他土木建築健康保健組合の組合員を除くその余の患者から一人につき金二〇〇円を徴収していたが、この金員について原告平塚との間で折半するという合意をしたことはない。原告平塚からこの金員についても折半するよう求められたことはあるが、被告岡本はこれを断り続けている。

3  原告らの賃金債権の消滅時効の成否について(第一事件)

(一) 被告らの主張

原告らが東京簡易裁判所に調停を申し立てた平成八年二月一日の二年前である平成六年二月一日よりも前に成立した原告らの賃金債権については時効により消滅している。

(二) 原告らの主張

(1)  原告大久保は平成五年六月ころ、同年一〇月ころにそれぞれ被告岡本に対し未払賃金の支払を求めたところ、被告岡本は支払の猶予を求め、その後原告大久保は退職するまで二、三か月おきに被告平塚に対し未払賃金の支払を求めていたのであり、原告大久保の賃金債権の消滅時効は被告岡本の承認により中断している。

(2)  被告岡本は平成七年五月から同年七月にかけて甲七記載の事項の履行を条件に原告らに対しそれぞれ金七〇〇万円を支払うことを認めていたのであるから、原告らについては金七〇〇万円の限度で債務を承認していた。

(3)  原告らは、被告桐和会に対しては平成七年一二月二九日に、被告岡本に対しては平成八年一月一一日に、被告会社に対しては同月二三日に、それぞれその余の被告らと連帯して未払賃金等を支払うことを催告し、同年二月一日東京簡易裁判所に民事調停を申し立て、同年九月六日に不調に終わり、同月一八日に本訴を提起したのであるから、民法四三四条により平成五年一二月二九日以降に成立した原告らの賃金債権は時効により消滅しない。

(三) 被告らの反論

被告岡本が原告大久保の主張に係る支払の猶予を求めたり、原告らの主張に係る債務の承認をしたことはない。

4  被告らが連帯責任を負う根拠について(第一事件)

(一) 原告らの主張

(1)  原告らは当初は本件クリニックを開業した被告岡本に雇用されていたが、その後、本件クリニックの事務部門を担当する従業員を雇用する目的で平成五年九月二〇日に被告会社が、本件クリニックを法人化する目的で同年一二月二二日に被告桐和会が、それぞれ設立されたことに伴い、平成六年四月一日をもって原告大久保は被告会社に、原告平塚は被告桐和会に、それぞれ雇用されることになったが、雇用先の変更に伴う退職金の支払はなく、勤務先も雇用条件も従前のとおりであった。

(2)  被告会社及び被告桐和会の設立の目的が右のとおりであることに加えて、被告会社は本件クリニックの事務部門で働く従業員を雇用し、その従業員はすべて本件クリニックにおいて受付事務や診療報酬請求などの事務を行っていること、被告桐和会は被告岡本が理事長に就任しており、被告桐和会が経営する診療所は本件クリニックのほかにはないこと、被告会社の代表取締役は被告岡本の母、被告会社の取締役岡本求馬は被告岡本の父、被告会社の監査役岡本明久は被告岡本の弟、被告会社の取締役水川悟は被告岡本の友人であり、被告会社の本店所在地は被告岡本の住所地であることに照らせば、被告らは一体というべきであり、したがって、被告岡本及び被告会社が原告大久保に対して負う未払賃金等の支払義務については被告桐和会も負うというべきである。また、同様に被告岡本及び被告桐和会が原告平塚に対して負う未払賃金等の支払義務については被告会社も負うというべきである。

(二) 被告らの主張

争う。

5  被告岡本の損害賠償請求について(第二事件)

(一) 被告岡本の主張

(1)  本件居室貸借契約は使用貸借契約であり、同契約においては原告平塚が本件クリニックを退職するまでという不確定期限が付されていたところ、原告平塚は平成七年三月二五日に本件クリニックを退職したから、原告平塚には退職した日の翌日である同月二六日以降本件居室を明け渡す義務があるにもかかわらず、原告平塚が本件クリニックを退職した日の翌日以降も本件居室を明け渡さず、平成一〇年一月二五日まで本件居室を占有し続けた。本件居室の一か月当たりの賃料相当額は共益費を含めて金七万二〇〇〇円を下らないから、本件使用貸借に終了の日の翌日である平成七年三月二六日から原告平塚が本件居室を明け渡した平成一〇年一月二五日までの三四か月間の遅延損害金は合計二四四万八〇〇〇円となる。

したがって、被告岡本は原告平塚に対し本件居室貸借契約の終了に基づく遅延損害金として金二四四万八〇〇〇円及びこれに対する本件居室の明渡しの日の翌日である平成一〇年一月二六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(2)  被告岡本は本件賃貸借契約に基づいて本件居室を使用することができるところ、原告平塚が本件クリニックを退職したにもかかわらず、本件居室を明け渡さなかったので、被告岡本は原告平塚が本件居室を明け渡した平成一〇年一月二五日まで本件居室を使用することができなかった上、本件居室の使用料として一か月当たり金七万二〇〇〇円を支払い続けた。

したがって、被告岡本は原告平塚に対し不法行為による損害賠償請求として平成七年三月二六日から平成一〇年一月二五日までに被告岡本が被った損害金として金二四四万八〇〇〇円及びこれに対する不法行為の日の後であることが明らかな平成一〇年一月二六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(二) 原告平塚の主張

(1)  本件居室貸借契約が使用貸借契約であり、同契約において原告平塚が本件クリニックを退職するまでという不確定期限が付されていたことは否認する。仮に右の不確定期限が本件居室貸借契約に付されていたとしても、原告平塚は賃金から寮費として毎月三万六〇〇〇円を控除されており、本件居室貸借契約は使用貸借契約ではなく、賃貸借契約であるから、借地借家法に照らし、右の不確定期限は無効である。

(2)  仮に右の不確定期限が有効であるとしても、原告平塚は被告岡本に対し退職の意思表示をしたこともなければ、被告桐和会に対し退職の意思表示をしたこともないこと、また、被告岡本及び被告桐和会は原告平塚を解雇したが、解雇予告手当を支払っていないため、右解雇は無効であることに照らし、右の不確定期限はいまだ到来していないというべきである。

(3)  原告平塚は本件居室の使用料月額三万六〇〇〇円を平成七年四月以降被告岡本に支払っていないことによって、原告平塚が被告岡本に対し原告平塚が本件居室を使用することによる損害金の支払義務を負っているとしても、原告平塚は被告岡本に対し平成一〇年一二月一六日第一〇回口頭弁論期日において次のア及びイの各債権をア及びイの順序で対当額で相殺する旨の意思表示をしたから、結局のところ、原告平塚は損害金の支払義務を負っていない。

ア 原告平塚は平成五年五月ころ被告岡本との間で原告平塚が行う針治療における収益は原告平塚と被告岡本との間で折半することを合意(本件折半の合意)したが、原告平塚は被告岡本が針治療を受ける患者から鍼一本について金一〇〇円の治療代金を受け取っているというので、本件折半の合意に基づいて鍼一本についての治療費金一〇〇円から鍼の仕入値一三円を控除した残金八七円に使用した鍼の本数を乗じた金額の金員を原告平塚と被告岡本との間で折半していたが、本件折半の合意に基づいて原告平塚に支払われるべき平成五年一〇月以降の金員は別紙のハリ代欄記載の金額の金員であり、このうち原告平塚に支払われた金員は別紙のハリ給与明細欄記載の金額の金員であるから、別紙のハリ差額欄記載の金額の金員は未払であり、その合計は一三五万二二六一円である。

イ 原告平塚は平成五年三月ころ被告岡本との間で原告平塚が行う理学部門の治療において患者総数に三〇〇円を乗じた金額を支払うことを合意した(以下「本件理学報酬の合意」という。)。本件理学報酬の合意に基づいて原告平塚に支払われるべき平成五年六月以降の金員は別紙の時間外給与欄記載の金額の金員であり、このうち原告平塚に支払われた金員は別紙の時間外給与明細欄記載の金額の金員であるから、別紙の時間外差額欄記載の金額の金員は未払であり、その合計は四一五万一二三六円である。

(三) 被告らの反論

原告平塚の主張に係る相殺の受動債権の成立の前提となっている原告平塚の主張に係る合意が成立したことはなく、相殺に関する原告平塚の主張はその前提を欠いている。

第三当裁判所の判断

一  争点1(原告大久保の未払賃金の有無及びその金額)及び争点3(原告大久保の賃金債権の消滅時効の成否)について

1  証拠(甲一の2ないし44、七、八の1ないし21の各1及び2、一〇の1及び2、一一の1及び2、一二の1及び2、三五、乙一〇ないし一四、原告ら本人)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

(一) 原告大久保は、平成五年四月一日から平成六年一二月三一日までの間に時間外労働(ただし、深夜労働を含む。)、法定休日労働(ただし、深夜労働を含む。)及び法定外休日労働をしたことを立証する目的でタイムカードを書証として提出している。このタイムカードによれば、平成五年四月一日(出勤が八時五八分、退勤が二一時五二分)、同月三日(出勤が九時五四分、退勤が〇時三〇分)、同月一〇日(出勤が九時五三分、退勤が一七時〇八分)、同月一二日(出勤が八時五四分、退勤が二〇時一六分)及び同月一七日(出勤が九時五三分、退勤が二三時四八分)については出勤時間及び退勤時間がタイムレコーダーによって打刻されているが、その余の日にちについては出勤時間又は退勤時間のいずれか一方又は双方が手書きである(甲一の2ないし44、八の1ないし21の各1及び2)。

(二) 原告大久保は平成七年三月二八日まで、原告平塚は同年三月二五日まで、それぞれ本件クリニックで働いていたが、その後は篠崎医院で働いている。原告らは同年五月から同年七月にかけて高木医師を介して被告岡本との間で話合いによる解決を図ろうとしたが、被告岡本は原告らに対して話合いの条件として原告らが篠崎医院を辞めることを求め、原告らがこれに応じなかったため、話合いは物別れに終わった。原告らは同年八月七日付けの書面を被告岡本あてにファックスにより送付して、被告岡本に対し、原告大久保については残業代として一〇一万二三二〇円、休日手当として二九二万五〇〇〇円を含む合計六三五万二九二〇円の支払を請求し、原告平塚については鍼代として一二五万円、自費診療代として二五〇万円を含む合計六九八万円の支払を請求したが、被告岡本はこれらの請求に応じなかった。原告らは同年一二月一日付けの通知書により被告桐和会に対し、原告大久保については残業代として一〇一万二三二〇円、休日手当として二九二万五〇〇〇円を含む合計六三五万二九二〇円の支払を請求し、原告平塚については鍼代として一二五万円、自費診療代として二五〇万円を含む合計六九八万円の支払を請求した。原告らは同月二八日付けの通知書により被告らに対し、原告大久保については割増賃金、深夜割増賃金、休日出勤手当等として合計二四二二万五八九五円の支払を請求し、原告平塚については鍼代、自費診療代等として合計一一五四万一八〇〇円の支払を請求し、この通知書は同月二九日に被告らに到達した。原告らは平成八年一月九日付けの通知書により被告桐和会及び被告会社に対し平成七年一二月二八日付けの通知書と同じ内容の請求をし、平成八年一月二三日付けの通知書により被告会社に対し平成七年一二月二八日付けの通知書と同じ内容の請求をした。原告らは平成八年二月一日東京簡易裁判所に対し被告らを相手方として調停を申し立てた(同裁判所平成八年(ノ)第一〇三号事件)が、この調停は同年九月六日に不調に終わり、同月一八日に本訴を提起した(甲七、一〇の1及び2、一一の1及び2、一二の1及び2、三五、乙一〇ないし一四、原告ら、弁論の全趣旨)。

2  1の事実を前提に、原告大久保の請求について判断する。

(一) 原告大久保が平成五年四月一日から平成六年一二月三一日までの間に時間外労働(ただし、深夜労働を含む。)、法定休日労働(ただし、深夜労働を含む。)及び法定外休日労働をしたことを立証する目的で提出しているタイムカードの記載内容(前記第三の一1(一))からすれば、このタイムカードだけでは原告大久保がこのタイムカードに手書きで書かれた出勤時間及び退勤時間に本件クリニックに出勤し又は退勤したことを認めることはできず、このタイムカードに出勤時間及び退勤時間を手書きで記載するに至った経緯や理由等に関する原告大久保の本人尋問における供述を勘案しても、原告大久保がこのタイムカードに手書きで書かれた出勤時間及び退勤時間に本件クリニックに出勤し又は退勤したことを認めることはできない。

そうすると、タイムカードに出勤時間及び退勤時間が打刻されている平成五年四月一日、同月三日、同月一〇日、同月一二日及び同月一七日を除くその余については原告大久保がその主張のとおり勤務時間外に本件クリニックで勤務したことを認めることはできない。

(二) ところで、原告大久保の勤務時間は午前九時から午後七時までの受付患者の診察が終了するまでとされていた(前記第二の二2)から、平成五年四月一日(出勤が八時五八分、退勤が二一時五二分)、同月三日(出勤が九時五四分、退勤が〇時三〇分)、同月一二日(出勤が八時五四分、退勤が二〇時一六分)及び同月一七日(出勤が九時五三分、退勤が二三時四八分)については原告は勤務時間外に本件クリニックで勤務したことを認めることができる。

しかし、本件訴訟の提起に至るまでの経緯(前記第三の一1(二))によれば、平成五年一二月二八日以前に成立した原告大久保の賃金債権が時効に消滅していることは明らかである。これに対し、原告大久保は平成五年六月ころから被告岡本に未払賃金の支払を求めてきており、被告岡本はその支払の猶予を求めていたと主張し、原告らの本人尋問における供述中には右の主張に沿う証拠があるが、これを裏付ける的確な証拠を欠いており、採用できない。

(三) 以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、原告大久保の請求は理由がない。

二  争点2(原告平塚の未払賃金の有無及びその金額)について

1  次に掲げる争いのない事実、証拠(甲五、乙五、原告平塚、被告岡本)によれば、次の事実が認められ、この認定に反する証拠はない。

(一) 本件クリニックにおいては針治療を受ける患者から鍼代とは別に原則として一人当たり二〇〇円を徴収していた(争いがない。)。

(二) 原告平塚と被告岡本は平成七年五月二日に次のような内容の会話を取り交わした。すなわち、原告平塚が「それと、前々からの鍼代。さかのぼってやるということでしたよね。」と言うと、被告岡本は「鍼代って。」と聞き返し、原告平塚が「二階で取っていた二〇〇円です。」と言うと、被告岡本は「ああ、窓口でもらっていた二〇〇円は、鍼代の原価を差し引いて半々に給料に含まれているはずですよ。」と答えたので、原告平塚が「だからその二〇〇円が含まれていない。」と言うと、被告岡本は「それに関してはさかのぼると言っていないですよ。」と答えた。原告平塚は「いや、おっしゃいましたよ。この前約束したじゃないですか。」と反論すると、被告岡本は「それの答えは、考えると言っただけです。」と答えたので、原告平塚が「じゃ、払わないということですね。でも、発生した分に関しては、半々という約束だったのに」と言って、ここで話題を変え、「それと交通事故」と言うと、被告岡本は「誰が請求されて、誰が請求されてないのか分からないんですよ。それはもう一回本当は計算して出さなきゃいけないんだけどね。」と言ったので、原告平塚が「計算して」と言うと、被告岡本は「だって、全然出ていないんですよ。大久保さんのせいにはしたくないけど、僕もだらだらしていた責任があるんだけど、請求した人の漏れがあると思うんですよ。ですからその点の計算できた後で出したいと思っていますが、今は何も出ていないので、できないでしょ。」と答えた(甲五)。

(三) 本件クリニックでは平成五年一〇月ころから労働災害や自動車事故で受傷した患者について健康保険を使わずに自費で診療するという取扱い(この取扱いを受けていた患者を以下「自費診療の患者」という。)を始めた。原告平塚は自費診療の患者を治療したことに対する歩合給として平成五年一二月分の賃金において三万円の支払を受け、平成六年三月分の賃金において一〇万一四二九円の支払を受け、同年四月分の賃金において一〇万円の支払を受け、同年五月分から平成七年二月分の賃金において毎月一五万円の支払を受けていた(乙五、原告平塚、被告岡本)。

2  1の事実を前提に、原告平塚の請求について判断する。

(一) 原告平塚が平成七年五月二日に被告岡本と取り交わした会話の内容(前記第三の二1(二))及び証拠(甲三五、乙四〇、原告平塚、被告岡本)によれば、原告平塚は平成七年四月に本件クリニックにおいて針治療を受ける患者から原則として一人当たり二〇〇円を徴収していたことを知って、被告岡本に対し右の二〇〇円を折半するよう申し入れたところ、被告岡本は既に支払済みの賃金については右の二〇〇円を原告平塚と被告岡本との間で折半することはできないと答えて原告平塚の申入れには応じなかったことを認めることができる。証拠(甲三五、原告平塚)のうちこの認定に反する部分は採用できず、他にこの認定を左右するに足りる証拠はない。

そうすると、原告平塚の請求のうち針治療を受ける患者から徴収していた二〇〇円についての請求は、その前提を欠いており、理由がない。

(二) 原告平塚が平成七年五月二日に被告岡本と取り交わした会話の内容(前記第三の二1(二))並びに証拠(甲三五、乙四〇、原告平塚、被告岡本)及び弁論の全趣旨によれば、原告平塚と被告岡本は、原告平塚が本件クリニックで自費診療の患者を治療したことに対する歩合給として原告平塚に毎月支払う金員はとりあえず暫定的に支払ったもので、後日精算が予定されているという認識の下に、自費診療の患者を治療したことに対する歩合給として平成五年一二月分の賃金において三万円の支払を受け、平成六年三月分の賃金において一〇万一四二九円の支払を受け、同年四月分の賃金において一〇万円の支払を受け、同年五月分から平成七年二月分の賃金において毎月一五万円の支払を受けていたことを認めることができる。証拠(乙四〇、被告岡本)のうちこの認定に反する部分は採用できず、他にこの認定を左右するに足りる証拠はない。しかし、精算の前提として原告平塚と被告岡本との間で自費診療の患者を治療したことに対する歩合給についてどのような合意が成立したかについては、仮に原告平塚の主張に係る合意が成立していたとすれば、毎月の自費診療の患者の数が判明すれば、それだけで毎月の自費診療の患者を治療したことに対する歩合給は容易に算出することができ、後日精算するという必要はないように考えられるのであって、そうであるとすると、証拠(甲三五、原告平塚)だけでは原告平塚と被告岡本との間で自費診療の患者を治療したことに対する歩合給について成立した合意の内容が原告の主張のとおりであると認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

そうすると、原告平塚の請求のうち自費診療の患者を治療したことに対する歩合給の請求は理由がない。

(三) 以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、原告平塚の請求は理由がない。

三  争点5(被告岡本の損害賠償請求)について

1  前記第二の二4及び5の各事実、証拠(甲五、一三の1ないし69、一四の1ないし78、一五の1ないし68、一六の1ないし62、一七の1ないし68、一八の1ないし58、一九の1ないし57、二〇の1ないし65、二一の1ないし69、二二の1ないし74、二三の1ないし80、二四の1ないし74、二五の1ないし91、二六の1ないし95、二七の1ないし97、二八の1ないし89、二九の1ないし87、三〇の1ないし89、三一の1ないし82、三二の1ないし76、三五、乙五、四〇、原告平塚、被告岡本)によれば、次の事実が認められ、証拠(原告平塚、被告岡本)のうちこの認定に反する部分は採用できず、他にこの認定を左右するに足りる証拠はない。

(一) 自宅から本件クリニックまでの通勤距離が長かった原告平塚は被告岡本に社宅の提供を申し入れ、被告岡本はこれに応じて本件居室を賃借し、これを平成五年一一月二六日原告平塚に貸し渡した(前記第二の二4及び5、甲三五、乙四〇)。

(二) 原告平塚の平成六年一月分の賃金から寮費という名目で金員が控除されるようになった。その額は、平成六年一月分の賃金において一万四〇〇〇円、同年二月分の賃金において五万八〇〇〇円、同年三月分から同年六月分までにおいて毎月三万六〇〇〇円、同年八月分において七万二〇〇〇円、同年九月分から平成七年二月分までにおいて毎月三万六〇〇〇円である(甲三五、乙五)。

(三) 原告平塚と被告岡本は平成七年五月二日に次のような内容の会話を取り交わした。すなわち、原告平塚が「私が解雇された日付を。何日。」と尋ねると、被告岡本は「旅行から帰ってきたのが、二三日だから。」と言って、隣にいた安藤医師と話をした上で「二五日」と答え、原告平塚が「二五日ですか。」と重ねて尋ねると、被告岡本は「はい」と答えた。原告平塚が「二五日付けで、私は解雇ということでよろしいですよね。」と重ねて尋ねると、被告岡本は「はい」と答えた(甲五)。

(四) 原告平塚は平成七年三月二五日以降本件クリニックにおいて働いていないが、原告平塚は本件クリニックから解雇予告手当の支払を受けていない(甲三五、原告平塚)。

(五) 原告平塚は平成五年九月分から平成七年三月分までの賃金において理学部門で針治療をしたことに対する歩合給の支払を受けていたが、毎月支払われる金額はその月に理学部門で針治療を患者数に一定の率を乗じて得られた数に一〇〇を乗じた金額である。また、原告平塚は平成五年五月分から平成七年三月分までの賃金において理学部門で治療をしたことに対する歩合給の支払を受けていたが、毎月支払われる金額はその月に理学部門で治療を受けた患者数に一定の率を乗じて得られた数に三〇〇を乗じた金額である(甲一三の1ないし69、一四の1ないし78、一五の1ないし68、一六の1ないし62、一七の1ないし68、一八の1ないし58、一九の1ないし57、二〇の1ないし65、二一の1ないし69、二二の1ないし74、二三の1ないし80、二四の1ないし74、二五の1ないし91、二六の1ないし95、二七の1ないし97、二八の1ないし89、二九の1ないし87、三〇の1ないし89、三一の1ないし82、三二の1ないし76、乙五、原告平塚、被告岡本)。

(六) 原告平塚は本件クリニックでの勤務に対して毎月支払われる賃金の金額に不満があり、被告岡本との間で度々賃金の金額の引上げを求めていた(乙四〇、被告岡本)。

2  1の事実を前提に、被告岡本の請求について判断する。

(一) 原告平塚が被告岡本から本件居室の貸渡しを受けた経過(前記第三の三1(一))、原告平塚が寮費という名目で月額三万六〇〇〇円を毎月の賃金から控除されていること(前記第三の三1(二))に、前記第二の二4及び5の各事実を併せ考えれば、本件居室貸借契約は使用貸借契約ではなく賃貸借契約であること、本件居室貸借契約には原告平塚が本件クリニックを退職するまでという不確定期限が付されていることを認めることができる。

ところで、建物の賃貸借契約の明渡期限に不確定期限が付されている場合に、その不確定期限の到来が専ら賃貸人側の事情にかからしめられているときは、借家借地法三〇条に照らし、その不確定期限は無効であると解すべきであるが、本件居室貸借契約の明渡期限に付された不確定期限は原告平塚が本件クリニックを退職するまでというものであり、右にいう退職は合意退職のみならず賃貸人である被告岡本による解雇又は賃借人である原告平塚による解除を含むものと解されるものの、解雇といえども、賃貸人である被告岡本が自由になし得るものではなく、「解雇権の行使も、それが客観的に合理的な理由を欠き社会通念上相当として是認することができない場合には、権利の濫用として無効である」(最高裁昭和五〇年四月二五日第二小法廷判決・民集二九巻四号四五六頁。これと同旨の判決として最高裁昭和五二年一月三一日第二小法廷判決・裁判集民事一二〇号二三頁)という制約があることに照らせば、本件居室貸借契約の明渡期限に付された不確定期限が借家借地法三〇条に照らし無効であるということはできない。

そして、原告平塚が平成七年五月二日に被告岡本と取り交わした会話の内容(前記第三の三1(三))及び証拠(甲三五、原告平塚)によれば、原告平塚は平成七年三月二五日付けで本件クリニックを解雇されたことを認めることができる。証拠(乙四〇、被告岡本)のうちこの認定に反する部分は採用できず、他にこの認定を左右するに足りる証拠はない。

そうすると、原告平塚が解雇予告手当が支払われていないことを理由に本件解雇は無効であると主張するにとどまり、本件解雇が解雇権の濫用に当たることを主張しておらず、また、原告平塚は本件クリニックから解雇予告手当の支払を受けていないものの、本件全証拠に照らしても、被告岡本が原告平塚に解雇予告手当を支払わない上に本件解雇の効力が平成七年三月二五日に生ずることに固執していることを認めることができない本件においては、原告平塚に解雇予告手当が支払われていないというだけでは本件解雇が無効であるということはできない。そして、口頭弁論終結の時点までに原告平塚に解雇予告手当が支払われていないこと(前記第三の三1(四))からすれば、本件解雇の効力は平成七年三月二五日から三〇日後の同年四月二四日の経過によって発生するものというべきである。

したがって、原告平塚は平成七年四月二五日以降は本件居室を占有する権限を喪失していることになる。

(二) 本件居室の賃借料は月額七万二〇〇〇円であるから、原告平塚が平成七年四月二五日以降本件居室を占有し続けることによって被告岡本は本件居室の賃料相当損害金を損害として被ったことになるのであって、原告平塚にはこれを賠償する義務がある。平成七年四月二五日から平成一〇年一月二五日までの三三か月と一日分の損害金の合計は二三七万八四〇〇円である。

そうすると、被告岡本は原告平塚に対し二三七万八四〇〇円の不法行為に基づく損害賠償請求債権及びこれに対する平成一〇年一月二六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金債権を有することになる。

(三) これに対し、原告平塚が相殺を主張するので、この点について判断する。

前記第三の三一の事実によれば、原告平塚が理学部門で針治療をしたことに対する歩合給として毎月支払を受けていた金額はその月に理学部門で針治療を患者数に一定の率を乗じて得られた数に一〇〇を乗じた金額であり、原告平塚が理学部門で治療をしたことに対する歩合給として毎月支払を受けていた金額はその月に理学部門で治療を受けた患者数に一定の率を乗じて得られた数に三〇〇を乗じた金額であること(前記第三の三1(五))、原告平塚は本件クリニックでの勤務に対して毎月支払われる賃金の金額に不満があり、被告岡本との間で度々賃金の金額の引上げを求めていたこと(前記第三の三1(六))が認められるが、これらの事実に証拠(甲三五、原告平塚)を加えて勘案しても、原告平塚と被告岡本が、原告平塚が理学部門で針治療をしたことに対する歩合給及び原告平塚が理学部門で治療をしたことに対する歩合給について原告平塚の主張のとおりの合意をしたことを認めることはできないのであり、他に原告平塚の主張に係る合意の成立を認めるに足りる証拠はない。

そうすると、その余の点について判断するまでもなく、原告平塚の相殺の主張は採用できない。

(四) 以上によれば、被告岡本の請求は、原告平塚は被告岡本に対し損害金として二三七万八四〇〇円及びこれに対する不法行為の後であることが明らかな平成一〇年一月二六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

三  以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、原告らの請求はいずれも理由がなく、被告岡本の請求は損害金として二三七万八四〇〇円及びこれに対する不法行為の後であることが明らかな平成一〇年一月二六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

(裁判官 鈴木正紀)

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